社会主義計画経済下で国営企業組織に対して優越的な権利を認めてきた「国営企業法」が、今国会の終了する7月1日付で廃止されることになりました。既存の国営企業は、西側民間企業と同様の株式会社組織に生まれ変わらないといけません。そこで、ベトナムを代表する2大国営企業、ペトロベトナムとベトナム航空が組織形態の変更をすることになりました。

VIETJOから引用:
 グエン・タン・ズン首相はこのほど、ベトナム航空総公社(ベトナム航空)とベトナム石油ガスグループ(ペトロベトナム)の親会社を、7月1日から国を単独所有者とする有限責任会社に形態を変更する決定に署名した。

 ペトロベトナムは1991年、ベトナム航空は1993年に会社化されて以来、発行済み株式のすべてを政府が所有する完全国営企業としてやってきました。

ベトナム航空の日本語ホームページから引用:
 1993年4月、ベトナム航空は正式に国営のフラッグキャリアとして設立され、大きな転換期を迎える事となりました。そして、1996年5月27日にベトナム航空を含む航空会社と20の航空関連グループ会社とからなる"ベトナムエアラインズコーポレーション"が誕生しました。

 ベトナムの会社法はこれまで、主に民間出資の企業を対象にした「企業法」「投資法」と、国が主導する企業を対象にした「国営企業法」がありました。以前は、外資導入について別の法律「外国投資法」も用意されていましたが、これが2006年7月1日付けで廃止されて、現在の投資法にまとめられました。

日本アセアンセンターのホームページから引用:
 旧法では、「外国投資法」が外国投資に関する準拠法であったが、本改正で外国投資と内国投資を一元化した「共通投資法」および「統一企業法」が準拠法となった。なお、現状、国営企業に対しては「国営企業法」が適用されており将来、前二法の適用となる予定。

 国営企業法は1992年に制定されたもので、対象になるのは国が発行済み株式の51%以上を保有する企業。法律制定以前は政府機関とされていた企業が多く、民間企業にない優越的な立場を行使することができました。しかし、ドイモイ政策のバックボーンとなる社会主義市場経済体制下で、国営企業に優越的な地位を与え続けるのは西側でいうところの独占禁止法の精神を無視するものと認識されたようです。政府では、2009年6月の国会に国営企業法廃止を提案。ズン首相は、1年間の準備期間で実行するよう指導していました。その期限が、いよいよ7月1日に迫ったのです。ズン首相は、G20サミット出席でカナダへ出発する前の25日までに決裁手続きを完了しました。

VIETJOから引用:
 両社ともこの日までに株式会社化される予定だった。今後は企業法が根拠法になる。

 国営企業法下で、ペトロベトナムは上流から下流までの石油に関する事業を独占、税収のかなりの部分を占めてきました。前にも書いた通り、ベトナム政府の全歳入(税収)の24%、GDP全体の16%がペトロベトナムグループから生み出されています。一方、ベトナム航空は航空輸送部門を事実上独占、ジェットスターパシフィックエアウェイズやベトジェットエアアジアといった格安航空会社の参入を事実上許さない状況が続いてきました。ビナコミン(鉱物資源グループ)やペトロリメックス(ガソリン総公社)も含めると、国営企業法適用の対象になる企業だけで全GDPの4割を占めるといい、社会主義市場経済下で民間セクターが伸びてくれば、その分国営セクターの貢献割合は下がるとともに、国営企業側の「国に守られている」という点から来る危機意識のなさが、中長期的に政府全体にも影響を及ぼします。

日本総合研究所のホームページから引用:
 国営企業からの納税や関税に過度に依存した歳入構造がある。GDPに占める国営セクターの割合は、93年以降4割前後で推移している。しかし、歳入に占める同セクターの割合は高く、98年以降上昇傾向にある。国営企業改革や貿易自由化の進展によって、今後国営企業が厳しい競争にさらされることを考慮すれば、ベトナムの歳入は脆弱な基盤の上に成り立っているといえる。

 ズン首相ら現指導部は、改革開放以降の中国での国営企業改革を見てきました。そして世界に通用する超大企業であるペトロベトナムとベトナム航空が改革を実現できなければ、ベトナムでの国営企業改革は無理だと判断、両社の制度改革を期限までにきっちり終わらせるよう指示していました。
 法律の改正で、それら国営企業法に守られてきた独占企業も、今後は他の民営企業との垣根はなくなります。株主が政府であるか、民間であるかだけの違いになります。