ベトナム情報通信省は、2009年12月31日現在 ベトナム全土電話の加入件数に関する統計をまとめました。それによると、ベトナムの固定電話と携帯電話を合わせた全加入件数は1億3,040万件に達し、暦年ベースで初めて1億件を突破しました。人口100人あたり152.7件の加入電話があるという計算になります。
そのうちの85%が携帯電話の加入件数だといい、単純計算すると携帯電話だけで1億件以上という数値が出てきます。この10年間で携帯電話が爆発的な普及を遂げたベトナムの新しい時代を象徴するデータとなりました。
しかし、各キャリアにおいてどれだけの番号がアクティブ(実際に使える状況になっている)かということは正確には把握されておらず、一人で複数のSIMカードを持っていることも考えると、実際の携帯電話普及率は50%程度に留まるのではないかとみられています。
ベトナムで携帯電話の普及が始まったのは2000年以降。現在では、固定電話だけで7社、携帯電話会社も7社が乱立する激しい競争になっています。2000年以前は、固定電話2社が市場を独占していました。日本のNTTに相当する、VNPT(郵政通信グループ)と陸軍通信総公社です。携帯電話も両社が基礎になってキャリアが設立され、VNPTが中心になって立ち上げたモビフォンとビナフォンの2社で携帯時代の幕が開きました。
2003年までにモビフォンとビナフォンの2社で300万契約を達成。そこへ2004年、陸軍通信総公社がベトテルのブランド名で参戦し、爆発的普及が始まります。
モビフォン、ビナフォン、ベトテルはいずれも2Gの世界標準であるGSM方式を採用していて、SIMカードを交換することでカンボジアやラオス、タイといった近隣諸国でも1台の電話機を使用することができます。料金の支払方法も他のASEAN諸国と同様にプリペイドが主流。外国人旅行者でも簡単にSIMカードを購入して使うことができます。
同じ頃、日本のau by KDDIと同じ、CDMA方式を採用したS-Foneも参戦。S-Foneは韓国最大手で世界有数のCDMAキャリア、SKテレコムを合弁パートナーに迎えて設立された会社で、2005年、SKテレコムの支援を得てCDMA2000 1xを導入、ベトナム初の3Gサービスを行いました。
S-Foneの成功を受けて、CDMA方式で参戦を目指す国営組織が続出。電力総公社(EVN)が子会社「EVNテレコム」を設立して2006年から営業を開始。ハノイ市も「ベトナモバイル」、公安省(警察に相当)は「Gtelモバイル」の名前で携帯電話会社を立ち上げ、2007年までに現在の形が出揃いました。
ところが、GSMで先行したモビフォンとビナフォンの2社でシェアの7割を占める寡占状態になり、ベトテルも含めた3社になると95%。残る4社でわずか5%(500万契約)を奪い合う、少数勢力にとっては消耗戦ともいえる状況に陥りました。SKテレコムはベトナムからの撤退も視野に入れ、S-Foneから資本を引き上げることを検討。2009年12月、持分をベトナム側にすべて売却することで合意しました。
人口よりも多い1億件もの携帯電話加入数を実現したのは、都市部を中心に一人で複数のSIMカードを購入したり、外国人旅行者が使って有効期限が切れたSIMカードが多くなっていることが大きな理由とされています。ハノイやホーチミンシティでは、ビナフォン、モビフォン、ベトテルのいずれか2つを持っているというビジネスマンの姿をよく見かけます。1台の携帯電話に異なる2社のSIMカードを入れることができる、中国やタイ製の携帯電話機も当たり前のように売られています。CDMAとGSM、それぞれに対応した2台の電話機を持ったり、最近では1台でCDMAとGSMの両方を使うことができる携帯電話機がタイから輸入されてきたりし、さらに契約件数が増える一因になっています。
料金自体もタイと比べて遜色ないレベルにまで下がってきており、固定電話の普及が遅れた北部の山間部では、固定電話の代わりに携帯電話の普及が進んでいます。これはベトナムだけでなく、ラオスやカンボジアでも同様で、特にカンボジアでは、都市部でも携帯のほうが広く普及しています。これに目をつけたベトテルは、2006年、カンボジアに進出します。ベトナムの電話会社による初の外国参戦でした。「MetFone」のブランド名で地位を確立し、さらにラオスでも「Unitel」のブランド名で3Gに進出。将来は携帯電話自体が始まったばかりの北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)をはじめ、キューバやミャンマー、ベネズエラといった左派政権諸国でも、進出の機会を窺うとしています。
ベトナムの携帯電話は、これからの数年間で2億件突破が必至とみられ、インドネシアを抜いてASEAN圏トップに躍り出る日も近いでしょう。